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兄弟不仲説もあった?お染ブラザーズ海老一染之助さんご逝去

12月6日、海老一染之助・染太郎の和傘芸で人気を博した海老一染之助さんがご逝去されました。

急性肺炎で83歳だったそうです。

 

 

海老一染之助さん83歳でご逝去

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海老一染之助さんが、肺炎の為に死去されました。

83歳だったそうです。

もう、あの豪快な笑い声が聞けないのかと思うと寂しくて仕方がありません。

今の若い人達はあまり見た事はないと思いますが、私が小さい時からお正月と言えば海老一染之助・染太郎さんの芸でした。

お二人の芸を見て、お正月が来た事を実感していたぐらいだったんですよ。

 

海老一染之助・染太郎の伝統芸

「おめでとうございま~す」の声と共に、鮮やかな色をした羽織袴で現れたお二人が、和傘を広げ、毬や枡を回す様子に手を叩いて喜んだ物です。

今時の一発芸などとは違う、まさに伝統芸能でした。

「いつもより余計に回しております」という言葉と共に、軽やかに和傘の上を転がる毬を見て、いつかやってみたいと思っていた幼少期を思い出します。

「お染めブラザーズ」というコンビ名で活躍され、人気は不動のものでした。

しかし、実際のお二人の仲はあまり良くなかったという噂も確かにありました。

その理由は、役割の格差です。

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兄弟での役割の格差があった?

幼い頃から天才肌で、曲芸師の才能に溢れていた染之助さんと、気配りで話術に長けていた染太郎さんの間には深い溝があったというのです。

でも、本当に仲が悪かったらあんなに息ピッタリの芸は出来なかったと思います。

それに、後輩芸人が染太郎さんに無礼な態度を取った時に染之助さんが本気で怒ったという逸話もあるのです。

本音の所ではやはり仲の良かった兄弟だったと思います。

 

2002年染太郎さんご逝去

お二人の芸がテレビではなかなか見れなくなった理由としては、2002年に染太郎さんが死去した事が理由でした。

染太郎さんを見送った時の染之助さんの言葉が忘れられません。

「日本国中、世界の皆様のお幸せを心から祈念して、まいります。おめでとうございま~す」と大絶叫されていました。

本来ならば場違いの言葉なのだと思います。

ですが、染之助さんが染太郎さんに向けた精一杯の言葉だったのでしょう。

あの時の染太郎さんの「おめでとうございま~す」は悲しみに満ちていました。

それからはピンで活動されていたそうですが、糖尿病を患い、その闘病の事をコラムに書いたりもしていたそうです。

 

もう、お二人の声と芸をお正月に見る事はないのだと思うと寂しくて仕方がありません。

小さい時から見ていた人というのは、とても特別な気がします。

会った事もない人なのに、テレビに出ているだけで、どこかホッとするのです。

たくさんの笑顔をくれた海老一染之助さん、そして染太郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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