テレビ番組

歴史秘話ヒストリアで伊賀忍者が織田信長と戦った天正伊賀の乱を特集

8月21日の歴史秘話ヒストリアは謎に包まれた「戦国のスーパーマン」忍者が登場。最新研究を元に忍者の武器や驚きの身体能力を解明します。

織田信長と戦った天正伊賀の乱の秘話も紹介。

 

歴史秘話ヒストリア

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歴史秘話ヒストリアは2009年よりNHKにて放送されている歴史情報番組。

歴史上の人物や事件など今まで知られていなかった部分にスポットを当てて紹介し、歴史人物の心境や決断などが歴史の秘話として解説されます。

「その時歴史が動いた」の後継番組。

↓6月21日の回では坂本龍馬が紹介されました。

坂本龍馬暗殺時に無念にも抜けなかった刀が陸奥守吉行と確認

8月21日の回はスペシャル番組。謎に包まれた「戦国のスーパーマン」忍者の実像に迫ります。忍者の使った驚きの火器を新発見の文書や科学的な推理で初の再現に成功。

忍者の肉体に秘められた能力にも迫ります。

 

天正伊賀の乱

天正伊賀の乱は伊賀国で起こった織田氏と伊賀国との戦いの総称で、1578年から1579年を第一次天正伊賀の乱、1581年の戦を第二次天正伊賀の乱と呼びます。

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1578年、織田氏が伊賀国を領国化しようと丸山城の修築を行っていたところを伊賀郷士達が発見し「完成までに攻撃すべし」と集議一決。集結した忍者たちが総攻撃を開始し人夫衆は敗走します。

1579年織田信長の息子織田信雄は信長に相談もせずに独断で伊賀国に進行するも信雄軍は多くの兵を失い伊勢へ敗走。信長は信雄の独断に激怒し、「親子の縁を切る」と書いた書状をしたためたと言います。

また、このことをきっかけに信長は忍者に対し警戒心を抱き、後の第二次天正伊賀の乱につながります。

第二次天正伊賀の乱

1581年、再び織田信雄を総大将に5万の兵で伊賀国に侵攻。伊賀衆は5,000人で籠城するも制圧され、村や寺院は焼き払われ住民はかたっぱしから殺害され(伊賀全体で9万の人口の内3万人余が殺害)、地獄絵図のようであったと言います。

 

伊賀忍者とは

伊賀忍者は伊賀国の地に伝わった忍術流派、伊賀流の忍者。

忍者は普段は農業や行商をして各地の情報を探る一方、指令が下ると工作活動に励んだとされています。

伊賀流派と同等に有名な流派に甲賀流派がありますが、両者の違いは甲賀流派が1人の主君に忠誠を尽くすのに対して、伊賀流派は金銭による契約以上の関わりを雇い主との間に持たないという点が挙げられます。

猿飛佐助のモデルとされる下柘植小猿(木猿)も伊賀忍者の一人。

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